——これは、僕と同僚Aさんとのたわいもない会話です。
「ありがとう」を言わないRさん
同僚A「あのね、あの人はいつも”ありがとう”って言わないんですよ!」
僕「ん? え?」
同僚A「私が仕事を手伝ってあげても何も言わずに帰っていくんです。いつもそうなんです」
僕「ちょ、ちょっと待ってもらえますか? 誰のことですか?」
同僚A「いつでもどこでも自分中心のあの人です」
僕「ああ、Rさんのことですか?」
同僚A「そうです。退勤時間になるといつもイライラしてくるんです」
僕「そうだったんですか。それは知らなかった……大変だったんですね」
同僚A「そうなんですよ。今日もRさんが”助けて”って言うから、それを一端止めてRさんの仕事を手伝ってあげたんですよ。私も自分の仕事があったんですよ、なのに”ありがとう”の一言もないってどういうこと!?」
僕「まあまあ、ちょっと落ち着きましょう」
同僚A「あり得ないでしょ? 手伝ってもらっといてお礼を言わないのっておかしいと思いませんか? ”どういう神経してるの!”って言いたくなる」
僕「まあ、そんな人もいますよ」
同僚A「でも、おかしくないですか?」
僕「おかしいと思います。でも、そんな人はたくさんいます」
同僚A「ええー!?」
僕「例えば、ミスをしたのに謝らない人。”すみません”の一言が言えない人もよく見ます。これって”ありがとう”を言わない人とよく似てますよね」
同僚A「うんうん。言われてみれば、そうですね……」
僕「”ありがとう”も”すみません”も、相手から何かアクションがあって返す言葉ですよね」
同僚A「小さなことでも何かしてもらったらお返しをしなさい、って母から言われてました」
僕「それは素晴らしい。でも、それって社会の絶対的なルールではないですよね?」
同僚A「いやまあ、それはそうですけど、常識でしょ? 人に何かしてもらったらお礼くらい言うでしょ、普通」
お返しは常識?
僕「その普通、常識っていうのが間違いなんです。今言ったのは〈返報性の原理〉と言いますが、事実、何かしてもらったらお返しするというのは心理的な作用に過ぎないと思うんです」
同僚A「じゃあ、作用しない人もいるってことですか?」
僕「その通りです。例えば、窮地を救ってもらっても、小さな助力だと思えばお礼を言わないでしょう。ミスをしても、これは小さなミスだ、と思えば謝らないでしょう」
同僚A「なんかそれって……嫌な人ですね」
僕「そう。嫌な人なんです。だから僕は、”ありがとう”や”すみません”を言わない人をまた同じようなことがあっても助けたいとは思いません」
同僚A「そうですね。私も同じ意見です」
僕「このように、Rさんのような人を”嫌な人だ”と思う人は多いと思います。ということは……Rさんは自分で自分の立場を悪くしていってるだけなんですね」
同僚A「なるほど。誰からも相手にされなくなる」
僕「極端に言えばそうですが、実際はRさんを手助けする人はたくさんいるでしょう。だって、仕事ですから」
同僚A「そんなんだからRさんはいつまで経っても他人の手を借りようとするんじゃないですか?」
僕「Rさんがどうなるかよりも、Aさんがどう接するかを考えた方がイライラはなくなりますよ。僕だったらRさんを手伝う回数を減らします。2回に1回、もしくは3回に1回は助けることにするとか」
同僚A「Rさんって、人の懐に入るのが上手なんですよ。”どうにもならない。助けて”って雰囲気を出すから”私が助けてあげなくちゃ”って気になってたんですけど、その気持ちも私が勝手にそう思ってただけなんですよね、きっと」
僕「AさんがRさんを助けようとする気持ちは素晴らしいことです。でも、それで嫌な気持ちになるのなら、手伝わないのが解決方法です」
同僚A「確かにそうかも……やってみます」
僕「注意点は、断る時の言葉遣いです。きつい言葉は使わないようにしてくださいね。”今日は急ぎの仕事があるから”とか、シンプルに”ゴメン! 今は手が離せなくて”とか、相手を傷つけない言葉を選んでください。でないと、却って反感を生むことになりますから」
同僚A「人間関係まで悪くしたいとは思わないので気をつけます。でも、Rさんっていっつも自慢ばかり言うんですよ。そのせいで最近、よく眠れないんです!」
僕「お次は自慢話ですか……」
自慢話ばかりするRさん
同僚A「今日、めっちゃ自慢してたでしょ」
僕「ああ、言ってましたね。家族の方が大病院の家系だとかなんとか……」
同僚A「Rさんのお父さんがお医者さんなので子供の頃からお金には困ったことがないんですって。息子が2人いて、長男はお父さんの跡を継いで病院の医院長になったそうで、弟さんは東京で飲食店を何店舗も経営してるんですって」
僕「へぇ〜、そうなんですね」
同僚A「あの人、いつも同じ自慢話をするんですよ。もういい加減にしてって感じです」
僕「まあまあ。Rさんの自慢話はよくあることなんですか?」
同僚A「私はしょっちゅう聞かされてます。それ何度目だよってくらい……」
僕「まあ、ほどほどならいいんじゃないですか」
同僚A「私もそう思って聞いてるんですけど、後でだんだん腹が立ってくるんです。話が終わって1人になった時、なんで何回もあの人の自慢話を聞かされなきゃいけないんだよ!って」
僕「なるほど。ずっと我慢してたんですね」
同僚A「そうですよ。我慢して聞いてあげてたんですよ」
僕「Aさんはその時、自分の話はしないんですか?」
同僚A「しようとしてもRさんはまた自慢話を始めてしまうのでできないんです。それに声も大きいし、圧がすごいんです。もしも断ろうものなら”あっそ! じゃあ、もういい!!”って逆ギレするんです。あれはモラハラですよ」
僕「そんなにすごいんですか?」
同僚A「目がこんなになってバキバキに血走ってますよ」
僕「ははは。本当ですか?」
同僚A「ちょっと誇張し過ぎました。すみません。でも、Rさんの目力すごいんです。あれでマウント取ってくるんですよ」
僕「それは怖いですね。はははは」
同僚A「いや、もう本当に困るんですよ。長い時なんて100分くらい平気で喋りますからね。生まれはどこどこで幼稚園はどこどこでっていう話が大学、就職まで続いて、その後は結婚した馴れ初めまで続くからなかなか終わらないんですよ」
僕「それは勘弁してもらいたいですね」
同僚A「でしょ? しんどいんですよ」
キーワードは”今日”
僕「Rさんとは距離を置いてみたらどうですか?」
同僚A「そうしたいんですけど、職場が同じなのでそういうわけにもいかないんですよ」
僕「ああ、そっかぁ。それは辛いですね」
同僚A「……はい。”もうその話やめて!”って言うのも良くない気がするし……」
僕「そうですね。完全に拒絶してしまうとRさんも傷つくでしょうし、Aさんの立場としてもお互いが気まずくなるのも嫌ですよね」
同僚A「そうなんです。どうしたらいいですか?」
僕「例えばAさんが、”今日はRさんと違う話がしたいんだ”と言ってから”この前、こんなことがあってね”と話を変えるのはどうでしょう?」
同僚A「あ〜、それいいですね」
僕「”今日は”というのがポイントですね。”その話は前聞いた”、”もうその話は聞きたくない”と言うと相手に不快な印象を与えてしまいます」
同僚A「だから”今日は”と言うんですね」
僕「そうです。今日だけは私(Aさん)の話をさせてね、というニュアンスを込めると、Rさんのような人も”今日だけなら聞いてあげようかな”となるはずです」
同僚A「そう言えばよかったんですね。なんか、賢くなった気がしてきました」
僕「ははは。今度、”今日は……”と言ってみてどうなったか教えてくださいね」
同僚A「分かりました。結果報告しますね」
僕「ええ、楽しみにしてます」
時間はタダじゃない
同僚A「っていうか、しつこいくらいの自慢話をする人って、自分で自慢話をしてる自覚はあるんですかね?」
僕「さあ……それは人によるでしょうね」
同僚A「せめて自覚してほしいですよね。ジコチューなんですよ」
僕「そういう人は、話を聞いてもらってる感覚はあっても、相手の時間を奪っているという認識はないでしょうね」
同僚A「……あ! それ! 私が1番腹が立つのはそこなんです!! Rさんの長い自慢話を聞かされてせいで休憩が取れなかったんです。話を聞き終わった後でいつも、結局はRさんの為に○時間も無駄になったようなモヤモヤだけが残るんです」
僕「時間は価値が見えにくいですからね」
同僚A「私の時間はタダじゃないですよ!」
僕「そうなんです。時間はタダじゃないんです。Rさんのような人にとっては時間に価値はない、もしくは少ないという認識なのでしょうね」
同僚A「だから自分勝手な自慢話をしてくるんですか? はっきり言って迷惑ですよ。無意味に時間だけ過ぎていくなんて馬鹿みたいです。その時間で仕事の1つ2つは片付けられたのに……」
僕「……ということは、仕事を手伝うのも時間と労力を与えている(=相手に奪われている)のと同じですよね」
同僚A「本当だ! 気づきませんでした。私の時間をRさんに奪われてたんですね」
僕「気をつけないといけないのは”ちょっと聞いてよ”という常套文句です」
同僚A「それ、私もよく使います。よーいちさんによく話を聞いてもらってます」
僕「それは僕も了承して話を聞いているのでいいんですよ。いわゆる、合意です」
同僚A「ありがとうございます。いつも話を聞いてもらって」
僕「いいえ、僕は僕でAさんの話を聞いていると、人がどんな悩みを持っているのか知ることができているので、得ているものがあるんですよ」
同僚A「私の方が得ているものが多い気がしますが……」
僕「量は気にならないので大丈夫です」
同僚A「よかったぁ」
合意なき対話に益なし
僕「えーっと、話を戻しますが、僕とAさんのように合意があれば問題はありませんが、合意がない、もしくは合意が半ば強制されたものであれば、Rさんの仕事を手伝うことや自慢話を聞かされたAさんがいい例で、後で必ずわだかまりが残ります。要するに、時間を奪われたと感じてしまいます」
同僚A「私はたぶんRさんを手伝うことや自慢話は、どうあっても合意できないと思います」
僕「奪うということは増えるということ、奪われるということは減るということなんですね。だから、今までの社会では奪う側にまわった方が成功しやすかったのです」
同僚A「そりゃ、奪って増えるんですから成功もするでしょうよ。奪われて成功する気はしません」
僕「でも、これからの時代は、ジコチューで奪う側にまわった人は成功しにくくなってくると思うのです」
同僚A「それはどういうことですか?」
僕「昔と違って今はSNSがあるでしょ。今まではそういう嫌なことがあってもせいぜい仲のいい友達ぐらいにしか話せなかったことも、今はSNSで拡散される世の中になってきました。ということは、”あの人はすぐに自慢話をしたり、人に自分の仕事を手伝わせるから気をつけた方がいいよ”という情報は広まりやすくなったんですね」
同僚A「それは怖い!」
僕「逆に、良いことも拡散されますから、奪うよりも与える人の方が成功しやすい世の中になってきていると思います」
同僚A「そっちの方が私は好きです。悪い人がのさばるような社会は嫌です」
僕「間違えてほしくないのですが、悪口を拡散することを勧めてはないのですよ。あくまで、SNSによって不特定多数と情報共有ができるようになったと言ってるんです。だから、人から何かを奪ったり、圧力をかけている人は放っておいてもいずれは孤立してしまう世の中になってきたと思うのです」
同僚A「なるほど。誰かの悪口を言うと、その悪口を言った自分が非難される可能性もあるってことですね?」
僕「そうです。結局は、ジコチューな人との距離をうまく取ることが大事になってきます」
同僚A「あの……Rさんは孤立しかけてるのを知ってか知らないのか、自分の思い通りにならないと自分の親兄弟の名前を出してきたり、上司を仲間にしてマウント取ってくるんです」
僕「仲間や権力を使って強引に事を進めようとすると、それ以上に反発を生みますから、それこそ、周囲の信頼を失って自滅を早めていると言えます。合意なき対話に益なし。つまり、合意を無視した会話は成立しているようで無益なのです。そして、その対話時間に比例して反発を助長しているのです」
同僚A「確かに、Rさんの話はいつも何も残らないです」
僕「無意味な話ほど無意味な時間だと感じることはないでしょう」
同僚A「でも、Rさんのことだから、断ると”Aさんは薄情者だ”とみんなに言いふらしそうです……」
僕「Rさんがどんな性格かはみんな知らないわけじゃないでしょう? みんなはAさんが被害者だと分かってくれますよ」
同僚A「そうだといいんですけどね……」
僕「Aさん。ジコチューな人の為に振り回される道理はないですよ。誰だって自分勝手にわがまま放題されたら嫌じゃないですか?」
同僚A「絶対に嫌です! ……でも、そういう人って案外多くないですか?」
僕「ええ。世の中には言いたいことやしたいことを強引に進めるジコチューな人が日常に溢れています。だから、自分の時間を大切にして、”今日は無駄な一日だったな”とならないように気をつけてほしいと思うのです」
同僚A「そうですね。自分の時間を大切にします」
自分を守り 相手も守る関係を
僕「やっぱり、話をする時はお互いが同じ立場である方が楽しいものですね」
同僚A「本当そうですね。言いたいことだけ言う人って私の話は全部聞き流すので、最初から私の話を聞く気をないの?、ってよく思います」
僕「本来なら、合意することにみんなが気づければいいのですが、そうはならないから一人ひとりが気をつけていく他ないのですね」
同僚A「わかりました。合意に気をつけてみます」
僕「”今日のお喋りは楽しかったなぁ”と双方が思えたらいいですね」
同僚A「はい。相手が合意を取らずに強引に迫ってくる場合はさりげなく拒否して距離をとる。自分から会話する場合は合意を取っていることを確認する、ですね」
僕「お喋りする時間があまりない場合は、あらかじめお喋りする時間を決めるのもいいと思います。”この後、用事があるから30分だけならいいよ”とか」
同僚A「完全に拒否しないのが関係を崩さないポイントなんですね」
僕「今はジコチューな人でも、いつかは相手の事を思いやる人に変わるかもしれない。だから、性格を拒否しても人格を拒否してはいけないと僕は思っています」
同僚A「なんかそれって、罪を憎んで人を憎まず、みたいですね。ふふふ」
僕「自分を守り相手も守るのが理想の人間関係です」
同僚A「分かりました。今日はいいお話、ありがとうございました」
僕「いえいえ、どういたしまして」
同僚A「今日はゆっくり寝れそうです」
僕「それはよかった。では、帰りましょう」
同僚A「はーい、お疲れ様でーす」
僕「お疲れ様でーす」
⚠️これはフィクションです。実在の人物や物事は一切関係ありません。
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【対話形式】【16】〈キツい叱責〉は攻撃ではなく防御だった。
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