まさに
357の処世訓
中国・明代末期。 隠居した元官僚が書いた、世渡りの指南書。 「噛めば噛むほど味わい深い……」その内容とは——。
世間のしがらみから解放してくれる本『菜根譚』を5分でご紹介します。
■結論
この本が教えてくれるのは、平穏・安楽な生き方です。
■あらすじ
中国・明代末期 万暦帝の時代——
〈洪自誠〉は〈于孔兼〉を訪ねて来た。
『菜根譚』という世渡りの指南書の題詞を書いてほしいと言うのだ。
だい-し【題詞】
①題目として、巻頭に書くことば。題言。題辞。
コトバンクより引用
しかし、于孔兼は気乗りしない。なぜなら、二人はかつて官僚として働いていたが、今はただの隠居した老人。なので、誰も読まないだろうと反対した。
すると、洪自誠は1つの大根の漬物を目の前に出した。
「この大根にわが著作の真髄がある」
ひとくち、ふたくち……ポリポリと、噛めば噛むほど味わいい深みが増してくる。「平凡の奥にある非凡こそ達人の境地だ」
「よし、読もう」
道徳を守って生きる者は孤立する。
だが、達人はそれが一時的なものであることを知っている。
権力にすがりへつらう者は、一時的には栄えても、やがて永遠の孤独に苦しむ。(前集一)
■洪自誠の人生
40年前——
青年だった洪自誠は、官僚になるための試験——科挙に向けて猛勉強していた。
中国明代——貧家の男子が富と権力を得る道はふたつ。ひとつ目は、科挙試験に合格して官僚になる道。ふたつ目は、自ら去勢して後宮の宦官になる道だった。
科挙は極めて難しい試験のため、何年も浪人している者、カンニングがバレて処刑される者もいた。
洪自誠は努力の甲斐あって、どうにか合格して官僚の仲間入りを果たした。
この時の支配者が、10歳で即位した〈万暦帝〉と宰相〈張居正〉。
宰相 さいしょう
旧中国の官職。天子を助けて政治を行う最高の行政首長をいい、内閣総理大臣に相当する。
コトバンクより引用
張居正は万暦帝の教育係も兼務し、ボロボロだった国家財政を見事に回復させたが、万暦10年に亡くなると、万暦帝は政務そっちのけで後宮に引きこもり始めた。
後宮は美女のハーレム。奥御殿。皇帝以外は男子禁制。つまり、そこで働くことができるのは宦官と宮女のみ。万暦帝が宦官らに政務を任せるのは当然のなりゆきだった。
宦官らが私欲に走るような政策を進めていくので、国の財政が傾き始めた。
官僚たちは国を建て直そうと万暦帝に上奏文をしたためたが、反感を買われて追放されてしまう。そして、その煽りが洪自誠にも及び、クビにはならなかったものの、ひどい罰を受けて目が覚め、辞職して隠居する道を選んだ。
■現役と引退
『菜根譚』は前集222条と後集135条に分かれています。
前集は仕事や人間関係などが現役な時に必要な言葉。後集は引退して余生を過ごすために必要な言葉が書かれています。
内容は説教くさくなく、「〇〇は◇◇。(だから)△△。(したがって)☆☆(だよ)」といった感じ。※()内の言葉は筆者の解釈。
前の文と後の文が対になっていたり、絶妙な比喩表現も特徴的です。
どこから読んでも、途中でやめても、読み方は自由。自分が気になった言葉だけをサラッと見返すことができます。
■刺さった言葉
人生経験の浅い時期は世俗を知らず、間が抜けているかも知れないが、経験をつんだ者ほど、慇懃無礼・詭弁・欺瞞など悪習に染まりがちだ。世渡り上手な卑怯者よりも、愚直な狂人のほうが君子としてふさわしい。(前集二)
心を砕いて仕事にはげむことは美徳だが、努力も度をすぎると喜びを失って、ただの苦役になってしまう。さっぱりとした気高も高尚だが、たんぱくも度をすぎると人を救うことも、世の中役に立つこともできなくなる。(前集二九)
小人と争うのはやめなさい。小人には小人なりの、お似合いの喧嘩相手がいる。君子に媚びへつらうのはやめなさい。どんなに媚びて期待しても、君子はもともと、えこひいきなどしてくれない。(前集一八六)
魚釣りには風流な趣があるが、そのなかにも殺生の力関係を残している。囲碁は優雅な遊びだが、そのなかにも闘争心が働いている。むやみに何かを始めりより減らすべきだ。多能よりもひとつに専心する無能の方が本性を全うできる。(後集二)
動揺している者は、杯に映る弓の影を蛇かサソリかと疑い、草陰の岩を虎と見違える。見るものすべてが殺気なのだ。平静な者は、虎のような乱暴者をかもめのように馴らし、蛙の鳴き声を太鼓や笛のように聴く。すべてが生気なのだ。(後集四八)
水があるからこそ自由に泳ぎまわれる魚は、水があることを忘れている。風があるからこそ自在に飛びまわれる鳥は、風のあることを知らない。あるがままの道理を悟り、物事へのとらわれを超越すれば自然の働きを楽しめる。(後集六八)
■説教の希薄な時代
説教は、教え説くの意味。
多様性が認められるようになった今、”説教”はわずらわしい行為に成り下がってしまったような気がします。
「社畜」や「ブラック企業」なんかがいい例で、数十年前には冗談でも口に出来なかった言葉です。年功序列も過去の産物になって、目下(年下)の者が目上(年上)を敬うとは限らない社会になってきました。
今”説教”してくれる人は珍しい存在となっているのではないでしょうか。
『菜根譚』をありがたい説教だと思って読んでみると、出世競争や人付き合いには丁度いい距離感があることが分かってきました。
何よりも、自分がどんな人生を望んでいるのか、生き方を見直すことができた。これは、とても大きな収穫でした。
■ハイライト
・357の箴言(=短い言葉)
・著者:洪自誠という人物像
・官僚、宦官、皇帝、宰相の生き方
・儒教、仏教、道教の思想の融合
・普通の人に刺さる処世術