新しい年を迎えても、僕は相変わらず忙しい日々を送っていた。
骨の折れる業務もあったが、同僚との協力もあってなんとかやり遂げることができた。充実感を感じていた。
そんな日が続いて心が回復してきた頃、未来のことを少し考えるようになった。
体が資本の仕事なのだ。この先もずっと働き続けられるのだろか。今と同じようにはいかないだろう。いや、定年まで働くのは無理かもしれない。
今でも体力的にキツい時があるので、50歳を越えるとどうなるか分からないというのが本音だ。一度体を壊してしまうと同じようには働くことはできない可能性がある。
今からでも転職を考えなければならない。
何かの資格か免許を取ろうか。そうすれば給料は今より上がるだろう。それにこういうことは早い方がいい。
そう思い、今の仕事に関連した資格を取るために勉強をはじめた。
参考書、ペンとノートを揃え、仕事が終わると1〜2時間勉強した。
勉強は久しぶりだったせいもあって、本を読むことには随分骨が折れた。専門用語や知らない言葉も多かったが、スマホで調べることができたので、時間はかかったがなんとか本を読み進めることができた。
なのに僕は、7ヶ月後に勉強をやめてしまった。
勉強が嫌になったからじゃない。
転職しても、給料は上がらないことが分かったからだ。それどころか20〜30%は確実に下がる。つまり、新入社員と同じように一からスタートすることになるのだ。これでは今の生活をキープできない。
10年ほどキャリアを積めば、そこそこの出世はあるみたいだが、もうそれほど若くはないし、待っていられない。
勉強して給料が減るなんて、何のために頑張っているのか、、、。
僕はその日、参考書とノートを部屋の片隅に片付けた後、お酒をたらふく飲んで寝た。
その夜、こんな夢を見た。
ガシャンガシャンと大きな音が鳴り響く工場の中で、大勢の人たちが作業をしている。
僕もこの中にいる。
工場はとても広く、照明はとても明るく、今が何時がわからない。
隣にいる中年の男が僕にこう言った。
「早くこんなところを抜け出して遊びに行こうぜ。なぁ、そうだろ。お前はずっとこんなところにいるつもりなのか?」
僕は答えることができずに俯いていた。
男は僕を軽蔑するような眼差しを向けて「意気地のねえ奴だ。俺はもう行くぜ」と言って工場を出て行った。
それを見ていた初老の男がこう言った。
「ああ、出て行ってしもうたか。わしも若い頃に同じことを何度も考えたものだが怖くてできんかった。」
「どっちを選べばいいですか? 出て行くのととどまるのと」
「さあなぁ。わしが知ってるのは、ここで死ぬまで働いたからといって特別良いことがあるわけじゃない。死んだら終わり。そして何も変わらない毎日が続いていくのさ。今のようにな」
僕はその話を聞いて青ざめていた。次の瞬間、工場を飛び出していた。
父の死がきっかけになって考え方が変わったことが1つある。
それは死の現実味である。
いつかは死ぬだろうとは思っていたが、そんな未来の話ではないかもしれないと考えるようになった。もしかしたら明日死んでるかもしれない。
それならば、僕の人生はいったい何だったんだ?
かのニーチェは「人生に意味はない」と言い切っている。だから人生の意味をを自分でつくり出せと言っている。
しかもニーチェはすべての欲望を肯定している。愛欲さえも肯定している。神(大いなる存在)から授かった肉体を通じて得られる快楽を享受できることは誠に喜ぶべきことだというのだ。
10代や20代の頃はいつ死んでもいいと思っていた。今もそう思っているが、このまま死ぬのは悔しい。無念すぎる。
死ぬ前に何かしたい。
でも、何をする?
仕事になりそうな資格や免許は持ってないし、得意なことも別段ない。
前からやってみたいと思ったことがあるのはパソコンぐらい。とは言っても知識はほぼ皆無。ちょこっと入力するぐらいしか知識はない。
、、、でも、死ぬ前にやってみたい。
最近よく聞くのはプログラミング。アルファベットや数式を使ってサイトやゲームがつくれるらしい。出来るだろうか。面白そうだ。
よし、やってみるか!
僕は意を決してパソコンを始めてみることにした。
その前に、まずはパソコンを買わないといけない。僕はパソコンを持っていないのだ。どんなパソコンを買えばいいかもわからない。中学生の頃、父が買ってくれたが、もう今の時代では通用しなくなっている。
僕はスマホで調べまくった。
その結果、MacBook Pro13というノートパソコンが良さそうということがわかったので、次の休日、家電量販店に行ってみた。そして店員さんに分からないことを聞きまくって、充分に納得してから購入した。
久しぶりの大きな買い物だったので、支払いの時、かなりドキドキしたことを覚えている。
家に帰ってすぐに起動した。
ノートパソコンを開いた瞬間、自動的に起動してデスクトップ画面が速やかに立ち上がる。
最新型のパソコンはやはりカッコいい。テンションが上がる。
僕は初期設定を済ませた後、さっそくプログラミングの勉強を始めた。そのために教本を買って準備していた。とりあえず最初は、HTMLとCSSといわれる言語から始めるものらしい。
さらっと読んでみたが半分以上意味がわからない。とにかくやってみることにして、本に書いてある通りにアルファベットを入力してみると、サイトが形になって画面に現出する。
「おお!」と、年甲斐もなく声が漏れる。練習用とはいえ、思わず感動してしまう。
こんなにドキドキするのはいつぶりだろう。そんなことを思いながら、仕事が終わるとパソコンとにらめっこした。パソコン初心者の僕は案の定つまずきも多かったが、新しいことを知ることはとても楽しく、プログラミングの知識を積み重ねていけた。少しずつ着実ではあるが、初めて目標に向かっている気がした。
日に日に僕に顔に笑顔が戻っていた。つくり笑顔ではない、本当の本来の笑顔が。
しかしそれは、ネットビジネスのほんの入り口に過ぎないことをこの時は知る由もなかった。
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【父の死】【7】人生が観変わった日。〜プログラミング・ブログ〜
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