まさに
クレイジー・モンキー
山のいただきの石から、美しい猿が生まれ、猿の王となった。そして、修行によって仙術を身につけた〈孫悟空〉は、地上でやりたい放題。しまいには天界にまで乗りこんでいって——。
書籍『西遊記』を5分でご紹介します。
■結論
この本が教えてくれるのは、心が求めているものです。
■あらすじ
『西遊記』の冒頭は、石猿誕生を天界から眺める玉帝のシーンから始まります。
このあと、石から生まれた石猿は山の中の動物たちと仲良くなり、度胸試しをして猿の群れの王となります。そして、自分のことを、美しい猿の王——〈美猴王〉と名のるのです。
300〜400年の月日が経ったころ、美猴王は暗い気持ちになりました。生き物はいずれ死ぬ運命にあることに気づいたからです。
しかし、家来の猿が「閻魔大王のさしずを受けない者もいる」と言います。閻魔大王といえば、死者の生前の記録を見て、天国行きか地獄行きかの審判を下す神様です。
美猴王が「それはだれだ?」と聞くと、家来の猿は「仏と仙人と聖人」だと言うので、さっそく出発しました。しかし、何年探しても見つかりませんでした。やっとたどり着いた山で、〈須菩提祖師〉と出会い、弟子になることができました。その時、新しい名前〈孫悟空〉をもらいます。
孫悟空はその後、何年も修行をして72の変化の術を修得していきました。
ある日、弟子の1人が悟空に「修行の成果を見せてくれよ」と言ったので、悟空は調子に乗って松の木に変化して見せた。この騒ぎを聞きつけた〈須菩提祖師〉は悟空を叱りました。術を見せびらかしたことが許されず、ここを出ていくことになりました。
悟空は悲しみの中、悟空は元にいた猿の仲間が住む水簾洞に戻ります。ところが、猿たちの泣き叫ぶ声が聞こえます。どうやら、〈混世魔王〉がやってきて好き勝手に暴れ回っているらしいのです。
混世魔王は悟空の何倍も大きな魔物でしたが、戦いの末、見事勝利をおさめたのでした。
■一巻のもくじ
話のタイトルと、その話を象徴するワンシーンの文言が添えられています。
一 花果山
下界の物はすべて、天と地の気を受けて生まれるのだから、べつにあやしむこともあるまいよ。
二 美猴王
そういうことなら、おれがやってみよう。
三 須菩提祖師
おまえはいったい何をならいたいのだ。
四 混世魔王
きさま、丸腰ではないか。得物は持たぬのか。
五 東海竜王傲広
どうしてもほしいとおっしゃるなら、ご自分で宝物庫に行かれたらいいでしょう。
六 幽冥界王閻魔
使いの者がまちがえたのでございましょう。
七 斉天大聖
さっそく〈斉天大聖〉と書いた旗を作れ。
八 哪吒太子
ぼっちゃんとわたしのことか。無礼者。
九 蟠桃園
人が食べると、月日天地がほろびるまでほろびません。
十 蟠桃勝会
なるほど。で、いったいその宴には、だれが招かれておるのだ。
十一 四天王
きさまのような猿をあいてに、卑怯も何もあるものか!
十二 恵岸行者
お師匠様のお言いつけで、戦のようすを見にきたのだ。
十三 二郎真君
野がもに化けるとは、おまえも落ちたものだな。
十四 釈迦無如来
ほほう。では、わたしと賭けをしないか。
とても丁寧な文章です。会話のひとつひとつが書き連なり、戦いの一挙一蹴が細かく描かれています。
注釈は文章の中に盛り込まれ、普通に読んでいれば意識しなくても内容を理解できるようになっていて、とても分かりやすかったです。
■言葉遣い
「〜〜しやがれ!」「くらえ」「〇〇野郎」「〜〜だと?」など、荒々しい言葉が出てきます。
悟空はまるで素直な子供のようで、嫌なことは嫌、気に食わないことは気に食わないと言います。孫悟空が天界の神様と戦争を始めた時も、神様たちを「〇〇野郎!」となじります。「おいおい、神様や仏様にそんなこと言っちゃっていいの?」とドキドキしました。
対して、天界人は形式ばった言葉遣いで、三蔵法師は優しい言葉遣いです。
無邪気で乱暴者の孫悟空が、考え方も育ち方も違う彼らと仲良くできるはずがないのですが、この異なる彼らとのやりとりが、きっと何かが起こりそうな気がして、僕はとても大好きなのです。
孫悟空はいつか改心して、丁寧な言葉遣いで話す時が来るのだろうか……なんて想像しつつ、わがまま放題、やりたい放題の孫悟空のままでいてほしい気持ちにもなりました。
やっぱり孫悟空は何にも縛られずに元気で自由なのが一番です。読んでいて心がウキウキ楽しくなりました。
■ハイライト
・孫悟空の様々な術
・天界人、妖怪、仏・菩薩など、たくさんの愉快なキャラクター
・孫悟空の自由な振る舞い
・玄奘三蔵の戒め
・孫悟空と三蔵の想い