——これは、僕と同僚Aさんとのたわいもない会話です。
怒られてばかりのAさん
同僚A「あの、ちょっと聞いてもらいたいことがあるんですけど……いいですか?」
僕「ええ、いいですよ。何かあったんですか?」
同僚A「……その、私、仕事が速くないし、ミスもよくするので、よく怒られるんです」
僕「ああ、そうなんですね」
同僚A「はい。この前もキツいこと言われて、なんであんな風にキツいことを言うんだろう、と思うと夜も眠れなくて……」
僕「うん。そういうことってありますよね」
同僚A「よーいちさんもあるんですか?」
僕「そりゃもちろんありましたよ。今は無くなりましたが、若い時はしょっちゅう怒られてたので、いつ辞めようかなんて考えてました。ははは」
同僚A「今まさに辞めたい気分です」
僕「まあまあ。とりあえず、もう少しその時のことを詳しく話してくれませんか?」
同僚A「はい。えっと……、よくあるのが、私が要領が悪いので何度も同じことを聞いてしまうんです。そうすると”さっきも言ったでしょう!”って怒られるんですよ」
僕「あ〜、なるほどね〜」
同僚A「他には、言われたことができてなかったりすると”なんでまだできてないの! 早くしてよ!”って言われるんです」
僕「はいはい、それってCさんのことですね?」
同僚A「そうです。わかっちゃいました?」
僕「そんなことを言うのはCさん以外ではあまり聞かないので、Cさんだろうなと思いました」
同僚A「怒られるたびに、今日もまた怒られたって思って、頭がどんどん混乱してくるんです。パニックです」
僕「怒られてばかりだと気落ちしますよね」
同僚A「なんか、自分がダメな人間のようにも思えてくるんです……。私ってダメですか?」
僕「いいえ、そんなことはないですよ。Aさんは優秀ですよ」
同僚A「どこがですか? 私のいいところってどこですか?」
僕「怒られてばかりだと言いますが、きちんと仕事をしてるじゃないですか。自分の成果に目を向けてみてください」
同僚A「それでは足りてないんですよ、きっと。だから怒られるんだと思います」
100点をとりたい
僕「テストでいえば、仕事が遅れるのは70点、仕事のミスは50点っといったところでしょうか」
同僚A「ダメじゃないですか、70点も50点も。成績悪いのは嫌なんですよ」
僕「だったら、Cさんはいつも100点取れてるんですかね?」
同僚A「……いいえ、いつもではないと思います。でも、80点、90点の仕事をしてると思います」
僕「80点、90点は良い成績ですか?」
同僚A「少なくとも私よりは良いです。私も100点でないにしても高得点をとりたいんですよ」
僕「実際、Aさんは100点をとろうと頑張ってるんでしょ。それって、すぐに結果が出ないから焦ってるだけなんですよ」
同僚A「え?」
僕「できるようになりますよ、このまま頑張っていれば。少しずつ前に進んでるんですから」
同僚A「いや〜、無理かも……。大丈夫かな……」
僕「大丈夫ですよ。Aさんは、今できないことを未来でできるように乗り越えてる最中なんです。焦るのは、できそうでできない自分に苛立つからなんですよ」
同僚A「はぁ〜、よくわかります。そうですよね、もう少し頑張ってみます」
僕「よかったです」
同僚A「それにしても、Cさんはなんであんな言い方ばかりするんでしょうね? めちゃくちゃ傷つくんですけど……」
僕「そうですね。言う側は正当な意見を言ってるつもりなんでしょうね。でも、言われた側は人格を否定されたような気持ちになりますよね」
同僚A「こんなこと、あんまり人に言わないんですけど、私、何年も前に言われたことがずーっと心に残ってたりするんです」
人はなぜ 人を傷つけるのか
僕「僕はたくさんの本を読んできました。歴史・宗教・哲学・心理学など。それで分かったことがあります」
同僚A「ひゃ〜、すごいですね」
僕「特に歴史は人類のたどってきた争いの足跡ではありますが、ほぼ100%共通していると感じることは、最初から人を傷つけようとする人はいない、ということです」
同僚A「それは……どういうことですか?」
僕「争いで代表的なのが戦争ですが、村と村、国と国が戦う理由は、自分の家族や大事な人を守るためです」
同僚A「え〜、人間関係の恨み辛み、人権の保護とか、そんな理由だと思ってました」
僕「それは個人や小規模の争いの理由ですね。歴史における大規模な戦争の発端は、食料が確保できなくなったから、がほどんどの理由ですね」
同僚A「それじゃあ、日本の戦国時代もそうなんですか?」
僕「ええ、そうですよ。最初は小さな村が発展して大きな国となりますね。大きな国になればなるほど食料が必要になります。食料は、収穫量が不安定な狩猟よりも安定した農作物がメインです。しかし、農作物を作るには土地が必要。でも、自分の土地は無限ではない。だったら、よその土地を自分の土地にしてしまおう、という感じで土地奪取の争いが起こるわけです」
同僚A「なるほど。勉強になります。最近、世界で起こっている戦争も同じですか?」
僕「現代の戦争の目的は、土地の奪取・食料の確保から経済の優位性に変化していますが、根本的な原理は同じと言えるでしょう。自国が世界で経済で優位に立てば、多くの権利を独占できるようになり国が繁栄します」
同僚A「要するに、村から国へ、国から世界へ。規模が大きくなっただけで、国の発展のために戦争が起きてしまうんですね?」
僕「それが人類が歩んできた戦争の歴史ですね」
同僚A「戦争って身勝手な重役が勝手にしてきたことだと思ってました」
僕「それもあるでしょうね。でもつまるところ、自分の国を豊かにしたい、国民にひもじい思いをさせたくない、という想いが根底にあるのだと思います」
同僚A「なるほど〜。守るためには攻めるしかないんですね」
僕「何もしないで手をこまねいていても問題は解決しない。つまり、滅んでしまう。だったら戦ってでも生き残る道を選ぼう! そんな感じじゃないでしょうか」
同僚A「なんか悲しいですね。みんながハッピーになれないなんて」
僕「そうですね。守るために攻める。つまり……攻撃は防御の裏返しなのです」
相手への攻撃は自分への攻撃
同僚A「……あの〜、話が戻るんですけど、Cさんの場合はどうですか?」
僕「Cさんがキツい言葉で叱責する理由も、先程の話と同じことが言えます」
同僚A「Cさんに何か守るモノがあるってことですか?」
僕「ええ。守る対象は人それぞれですよ。Cさんの場合は使命感や責任感などの信念——誇り・自尊心ですね。もしも、Aさんのミスを許してしまえば、Cさんは今まで貫いてきた信念を曲げることになってしまいます」
同僚A「あ! 確かに、許したら自分の信念を曲げることになりますね」
僕「このように、Cさんは自分の信念を守るために、自己防衛の態度を持ってAさんをキツく叱責したのでしょうね」
同僚A「あ〜、わかる気がします。Cさんって本当に真面目な人ですよね」
僕「Cさんは仕事を最後まできちんとやり遂げる意思が誰よりも強い人だと思います」
同僚A「Cさんは”仕事はきちんとやりきるぞ!”って思いだったんですね」
僕「そうですね。はじめからAさんを攻撃しようとか、いじめてやろうとか思ってキツく言ってるのではないと思いますよ」
同僚A「そうかぁ……」
僕「Cさんがその時、Aさんのことをどう思っていたかまではわかりませんが、後で後悔してると思いますよ」
同僚A「……え?」
僕「キツく言うのは相手が傷つくと分かってて言うわけですから、言う本人が言われて嫌だと思う言葉を選ぶはずです。それが突発的に出た言葉であったとしても、自分が言われたくないことを言った自分に嫌悪感を抱いてしまうのです」
同僚A「……実は私も昔、友だちにひどいことを言ったことがあります」
僕「言った後、辛かったでしょう?」
同僚A「はい。自分はなんて嫌なヤツなんだろうって、めちゃくちゃ自分を責めました」
僕「Cさんもきっと自分を責めていると思います」
同僚A「そうなのかなぁ……」
僕「今はなんとも思ってなくても、自分が同じような目に遭った時やふとした瞬間、”あの時、ひどいことを言ったな”と、思い返してしまうものなのですよ」
同僚A「自分のしたことは後で自分に返ってくるってことですか?」
僕「仮に返ってこなかったとしても、自分自身が自分の行いを咎めてしまうってことですね」
同僚A「罪悪感に押しつぶされてる感じがして、なんか怖いです」
僕「Cさんもきっと苦しんでますよ。だから、そっとしておいてあげましょう」
同僚A「そうですね。もうCさんのことはあんまり考えないようにします」
悪は罰せられるべき……!?
僕「でも、誰かを傷つけてもいい理由なんて無いと思います」
同僚A「悪いことをしたら叱られるのは当たり前なんじゃないですか?」
僕「悪いってなんですか?」
同僚A「自分のことで言うと、遅れたりミスするのは悪いことだと思ってるので、怒られるのはしようがないことかな、と」
僕「だからって、その人の人格を否定したり、自尊心を傷つけるのは違いますよ」
同僚A「確かに、何を言ってもいいわけじゃないですよね」
僕「どんな理由があろうとも人を傷つける行為を正当化してはいけないと思います」
同僚A「そうだとしても、他にどんな解決方法がありますか? 私には何も浮かんできません」
僕「勧善懲悪のヒーローものように、”悪を倒して万々歳”というやり方では永遠に争いは終わりません」
同僚A「悪さをする敵は倒されて当然だと思ってました」
僕「倒されてもいい、傷つけられてもいい人なんていないですよ。どうしてもっと話し合おうとしないのですか? ”敵ならば問答無用!”なんて、虚しすぎる考え方だと思いませんか?」
同僚A「今まで何も不思議に思わなかったですね。敵が倒されてみんなが喜ぶ。だから、これは善い行いだと思ってました」
僕「でも、やってることは暴力ですよ」
同僚A「まあ……ホントそうなんですよね……」
僕「仕返しして喜んでるのと変わりありませんよ。やっぱり話し合ってわないといけません。話し合えば、その人の真意が分かって、お互いがこんなに悩み苦しまなくて済むと思うのです」
同僚A「でも、いつも話し合えるとは限りませんよ」
僕「できるだけ話し合ってほしいです」
同僚A「話し合えない場合はどうしたらいいですか?」
僕「それなら最初から人が傷つくようなことを言わないように気をつけることです。そもそも、信頼関係が希薄な相手に言われるから腹が立つのですから」
同僚A「わかる! 赤の他人に言われた一言ほど腹が立つことはないですよね」
僕「そこなんです。キツい言葉で叱責しても効果が少ないことをそろそろ学んでもいい頃合いだと思うんです」
同僚A「確かに、Cさんに叱られた出来事よりも、言われた言葉だけが文字としてずーーっと頭に残ってるんですよね」
言葉って大事
僕「僕の場合、こんなことを言ったら相手が傷つくだろうな、と考えてしまうので、日頃から気をつけてはいますが、それでも言ってしまうことがあります」
同僚A「私もです」
僕「家に帰った後になってすごく反省してしまいます」
同僚A「誰でもそういうことがあるんじゃないですか」
僕「やっぱり、遺恨を残すようなコミュニケーションは無い方がいいですよね」
同僚A「はい。ギスギスとした関係は嫌です」
僕「言葉って、ちょっとしたことで勘違いが起きたり、時には暴言だと思われてしまいますよね」
同僚A「私、言葉足らずでよく誤解されるんですよ」
僕「誰かに何かを伝える時、どんな言葉がふさわしいのかな、って考えてほしいなと思うのです」
同僚A「いくら自分が正しいからって思ったことをそのまま言ってもOK、じゃないですよね」
僕「ひょっとしたら、キツい言葉を言う人は言葉をあまり知らないのかも知れません」
同僚A「それはあるかも。Cさんの言う言葉はだいたい同じなんです」
僕「だったら言葉を知れば、キツい叱責の問題は解決しますね」
同僚A「言葉って大事ですよね。恥ずかしい話……私も言葉を知りません」
僕「やはり本を読むことですね」
同僚A「そう言うと思ってました」
僕「テレビや映画、最近では動画では情報量が限られてますからね」
同僚A「やっぱりそうなんですね。本を読む方が情報量は多いんですね」
僕「なんでもかんでもヤバいって言えば通じる、みたいな考えだと、自分の気持ちを正確に伝えるときに困ると思います」
同僚A「確かにそうですね。日本人が日本語知らないって恥ずかしいことですよね……」
僕「僕も昔、読書が苦手でした」
同僚A「そうなんですか。私、本を全く読まないんです。雑誌ぐらいしか……」
僕「では、まずは一冊」
同僚A「何かオススメあります?」
僕「……本って人に勧められると読めないモノなので、Aさんが興味のある本でいいんじゃないですか」
同僚A「韓国ドラマが好きで観てるので、その小説とかでもいいですか?」
僕「それいいじゃないですか」
同僚A「じゃあ、帰りに本屋に行こう」
僕「よかったですね」
同僚A「よーいちさんも来てくださいよ」
僕「え?」
同僚A「本買うの久しぶりなので、1人で行くと決心が鈍ると思うので。ね? いいでしょ?」
僕「……そう、まあ、じゃあ、行きましょうか」
同僚A「やったぁ。行きながらよーいちさんが読んでる本の話を聞かせてくださいよ」
僕「そういうことなら喜んで!」
同僚A「ははは」
⚠️これはフィクションです。実在の人物や物事は一切関係ありません。
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