【対話形式】【13】〈冷徹無比〉な上司は規則遵守に努める人だった。

対話形式 (13)

 

——これは、僕と同僚Aさんとのたわいもない会話です。

 

Aさんの顔が……

同僚A「あ…………う……」

僕「あれ? 元気ないですね。どうしました?」

同僚A「……あ、よーいちさん。お疲れ様です……」

僕「大丈夫ですか? 顔が死んでますよ」

同僚A「ふふははは」

僕「いやいや、怖い怖い」

同僚A「ははは……昨日、残業で遅かったんですよ」

僕「ああ、それでそんな顔になってるんですね」

同僚A「私の顔、そんなにひどいですか?」

僕「いえいえ、疲れが顔に出てるってことですよ」

同僚A「はあ……しんどい。帰りたい」

僕「今日は早く帰れそうにないのですか?」

同僚A「わかりません。帰れるように頑張ります」

僕「もしよければ、手伝いますよ」

同僚A「ありがとうございます。でも、いいです。これは自分でする仕事なので……」

僕「……そうですか……今日は早めに帰って明日にするということには……?」

同僚A「ダメです! G部長にまた怒られちゃいますよ……。今日中というか、本当は昨日までにしないといけなかった仕事なので、今日こそは絶対に仕上げなければいけないんです」

僕「大変ですね……」

同僚A「自業自得なので、よーいちさんは先に帰ってくださいね」

僕「ん……今度ご飯でも行きましょう」

同僚A「え! 嬉しい。今日、頑張れそうです」

僕「では、お先に」

同僚A「お疲れ様でしたー」

1週間後

僕「Aさんのあの時の顔、顔は白いし唇青いし生気抜けてるしで、本当にやばかったですよ。」

同僚A「もう、やめてくださいよ〜。あの時は必死だったんです」

僕「まあ、無事に終わったみたいでよかったです。さあさあ、飲みましょう」

同僚A「はいはい。かんぱーい!」

僕「……ところで、何があったんですか?」

同僚A「あ、いや、その、恥ずかしい話なんですけどね、G部長にメチャクチャ怒られまして……」

僕「あ……それはまたなんで?」

同僚A「商品の発注の書類を出し忘れててまして、それで”何やってんだ! 今すぐ用意しろ!”って言われちゃいまして……それで、深夜まで残業するハメに……」

僕「あらら……」

同僚A「G部長、昔から期限が少しでも遅れたらメチャクチャ怒るんですよ。尋常じゃないくらい怒るんですよ」

僕「でも、期限を守らなかったのだから怒るのは当然じゃないですか」

同僚A「まあ、そうなんですけど……私、あの人、苦手なんですよ」

僕「G部長を嫌ってる人は他にも何人かいますね」

同僚A「でしょ!? 私だって毎日息つく暇もないくらい仕事しててつい忘れちゃっただけなのに、”そう言えば仕事が終わるのか?”ですよ」

僕「確かにその通りですね」

同僚A「でもですよ。ちょっとはこっちの事情も考慮して”無理してないか? 今日は忙しかったんだな”って優しい言葉をくれてもいいじゃないですか」

僕「そんなこと、G部長は絶対言いませんよ」

同僚A「ですよね〜。本当にG部長は冷たいですよ。1年くらい前にも会議をすっぽかした時、呼び出されて”なんで来ないんだ!”ってメチャクチャ怒られて、私が”急ぎの仕事があったので”って言い訳したら”他の人はみんな来てたぞ。みんな同じ条件だ。とにかく次からは絶対に来い”って」

僕「G部長は真面目なんですよ」

同僚A「そうですか? 思いやりのない嫌味言うのが趣味のオヤジですよ」

僕「まあまあ。確かに、少し人を小馬鹿にしたようなことを言う時はありますね。でも、そんなに悪い人でもないんですよ」

同僚A「えー! よーいちさんはG部長に怒られたことはないんですか?」

僕「あ〜、ありますよ」

同僚A「へぇ〜、意外。その話、聞かせてくださいよ」

お婆ちゃんの電話

僕「えーっと、10年以上も前ですが、商品を買った高齢の女性から電話があったんです。口調は落ち着いていて優しい感じのお婆ちゃんだろうなと想像できました」

同僚A「優しいお婆ちゃんからの電話……」

僕「内容は”あなたの所の商品を購入したんだけど帰り道に落としちゃったもので、開封してはないけれど壊れてたら嫌だから新しい物と交換してもらえないかしら”ということでした」

同僚A「不注意で落とたんですか?」

僕「多分そうだと思います。で、どうしたらいいものか判断ができなかったのでG部長に聞いてみたんです。そしたら即”無理!”って言われたんです」

同僚A「その言い方、G部長っぽい」

僕「それでG部長と少し言い合いになって、”故意に落としたのではないのだから交換してあげてもいいじゃないですか!?”って言ったんです。でも、G部長は”そこまで面倒見る義務はない”、”保証書にそんな記述はどこにもない”とか顔色ひとつ変えずに言うもんだからだんだん腹が立ってきて……”そうかもしれませんがちょっと冷たすぎやしませんか?”って言ったんですよ」

同僚A「おお! 言ったれ、言ったれ」

僕「でも、G部長が意見を変えることはなかったですね。”もしかしたら壊れてないかもしれないだろ”って」

同僚A「冷たっ!」

僕「お客様あっての仕事だと思っていたのでG部長のその言葉には正直、驚かされました」

同僚A「お婆ちゃん、かわいそう。結局、交換できなかったんですか?」

僕「ええ。気持ちを抑えてお断りを入れました。あの時はG部長のことを恨みました」

同僚A「ムカつく〜。お得意さんだったらヘコヘコしてるくせに。もしもお得意さんが商品を落としたって聞いたら無条件で交換しますよ、G部長は」

僕「僕もそのヘコヘコしてる姿を何度も見ていたので、その時、お客様によって対応を変える人なんだなぁと痛感しました」

同僚A「そういうところが嫌われる要因なんですよ」

僕「……フォローするつもりはないんですけどね、G部長は規則を徹底してる人なのだと思うんです」

同僚A「でも、規則、規則って言うのもなぁ。私は嫌だなぁ。場合によっては思いやりのある方がいいなぁ」

僕「つまり、G部長という人間は、思いやりよりも規則を大事にしてるんですよ」

思いやりと規則

同僚A「規則は大事ですけど、そこに人間の血が通ってなかったら世の中はすべて○と×で片付けられちゃいますよ」

僕「だから裁判でも情状酌量という制度があるんでしょうね」

同僚A「そうですよ! 世の中には○と×で判断できないことが常なんですよ」

僕「〈規則は絶対・例外は無し〉というのはね……」

同僚A「同じ罪でも、自己中の身勝手な犯罪と誰かを助けるためのやむを得ない犯罪が同じ刑罰だったら私は納得できません」

僕「まあ、裁判と規則は同じではないですが、それらを感情で曲げてしまったら世の中は混乱すると思うんです。例えば、もしも規則が守られなかったらどうなるか……」

同僚A「温情で規則違反を許してたら会社は傾いちゃいますね」

僕「期日も守られなかったら……?」

同僚A「大勢の人に迷惑がかかります。売り上げが減ります。ということは給料も減る……かも」

僕「そういう意味では、規則は罰するためにあるのではなく、むしろ、自分たちの生活を守ってくれるものだと分かります」

同僚A「そっかぁ。私、反省します」

僕「どんな時でも決められたことに従って守るのってとても難しいことですよね。スケジュール・期日・契約・作業手順・作業工程など」

同僚A「アクシデントがなければ問題ないですが、仕事にアクシデントはつきものなのでどうにもならない時もあります」

僕「もしも、銀行の職員さんが”今日は窓口が忙しくて”と言って給与を振り込んでくれなかったら困りますよね?」

同僚A「困ります! 銀行にクレーム言って何がなんでもお金を入れてもらいます」

僕「そう思うなら、規則を守る大事さも理解できたのではないですか?」

同僚A「……G部長に文句言ってる場合じゃないですね」

僕「G部長は確かに規則に厳しくてお得意さんには甘いところがあってみんなに嫌われてますが、それは別として、自分の仕事はキッチリしていきましょう」

同僚A「そうですね。でも、どうやったら守れるようになりますかね? 私も規則を破ろうとして破ってるのではないんですよ……」

僕「忘れてはいけないことを書いたメモを机に貼っておくとか、パソコンやスマホに入れて保存しておくとか、目に見えるようにしてみたらどうでしょう?」

同僚A「カレンダーには書いてたんですけど、たまにしか見なかったからダメだったんですね」

僕「カレンダーって目の前にあっても意識しないとなかなか見ないものですよね」

同僚A「見る日は何も予定がなくて、見ない日に限って予定があったり……」

抽象的な思考

僕「とにかく、これで解決できましたね」

同僚A「はい、解決できたはできたんですけど……」

僕「何ですか?」

同僚A「G部長の謎が残って……」

僕「謎というと?」

同僚A「”なんであそこまで無情な冷たい性格なのか?”って謎です」

僕「ははは。よっぽど嫌いなんですね」

同僚A「仕事はキチンとやります。でも、G部長は個人的に好きになれません」

僕「まあ、僕もG部長とそんなに仲が良くないので本当はどう思っているのかは分かりませんが、個人的な想像で言うと、G部長は抽象的な思考を持ってるんだと思います」

同僚A「仕事の場面で”抽象的すぎるからもっと具体的にして”とか耳にしますけど、それのことですか?」

僕「ええ。抽象的と聞くとあまり良い印象がないかもしれませんが、具体的が細部まで詳しくはっきりとしているのに対して、抽象的はその要素や性質を重視する考え方ですね」

同僚A「もうちょっと分かりやすく言ってもらえませんか?」

僕「簡単に言うと、記号化してしまうことです」

同僚A「記号って、AとかBとかですか?」

僕「そうです。さっきAさんが言った○と×もそうですね。例えば、〈規則や期日〉に対して遵守じゅんしゅの記号をつけておく。もしも違反が起きた時、守られなかったという判断が下され、切り捨てやすくなります」

同僚A「なんかロボットみたいですね」

僕「言われてみればそうですね。人間は感情で動く生き物なので、仕事という業務を正確に遂行するにはロボットのように冷静になる必要があるのでしょうね」

同僚A「なるほど。ちょっと分かったような気がします」

僕「物事の要素や性質を重視するということは、それ以外を軽視するということなんですね。それがどんな形状でどんな経緯があってどんな思いが込められているとか、そういった感情をぼやけさせて行うべき事柄の遂行に尽力する」

同僚A「その話聞いてたら特撮ヒーローを思い出しました。レッドは頼れるリーダーで、ブルーはイケメン・ニヒルで、グリーンは普通・孤独で、ブラックはレッドのライバル的な存在で、ピンクは可愛い女の子」

僕「そうそう。レッドがリーダーという記号は何も説明いりません。もしもレッドが頼りない人だったら違和感を感じます。ブルーやピンク、その他も同じです」

同僚A「私、特撮ヒーロー、大好きなんですよ」

僕「へぇ〜、初耳ですね」

同僚A「夏に劇場版特撮祭があるんですけど一緒に観に行きませんか?」

僕「え?」

同僚A「”大人なのに?”って思ったでしょ。大人でも面白いんですよ、最近の特撮は」

僕「そうなんですか?」

同僚A「ドラマの構成やバトルシーンは映画さながらですし、俳優さんも演技上手い人が多いし、なんと言っても変身シーンがすごーくかっこいいんですよ」

僕「Aさん、楽しそうですね」

同僚A「私の趣味が抽象的な思考に関わってたと思うとすごく嬉しくなってきました」

僕「抽象的な思考って、形状をあえてぼやけて見えなくすることで大事な部分をはっきり明確になるから分かりやすくていいですよね」

同僚A「で、映画観に行きますか?」

僕「大丈夫? 周りの席は小さな子供ばかりなんじゃないですか?」

同僚A「私、子供好きなので大丈夫です」

僕「ああ、そっか……」

⚠️これはフィクションです。実在の人物や物事は一切関係ありません。

 

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よーいち

高校中退→ニート→定時制高校卒業→フリーター→就職→うつ→休職→復職|うつになったのを機に読書にハマり、3000冊以上の本を読みまくる。40代が元気になる情報を発信しています。好きな漫画は『キングダム』です。^ ^

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