——これは、僕と同僚Aさんとのたわいもない会話です。
臨時の仕事
僕「ただ今戻りましたー」
同僚A「あっ……お疲れさまでした。思ったより早かったですね」
僕「ええ、製品を納品してきただけなのですぐに終わりました」
同僚A「ありがとうございました。ゆっくりしてください」
僕「そうですね。ちょっと疲れました」
同僚A「それにしても、就業時間間際に急に発注かけないでほしいですよね」
僕「まあね、そうですね。でも、仕事だから仕方ないですよ」
同僚A「そんなもんですかね」
僕「こんなふうに急に仕事が入ることはよくあることです」
同僚A「私、そういう考えにどうしても賛成できなくて……。急に言ってきたそっちの責任じゃないの?……って」
僕「確かにそれもあるでしょうね。でも、だからって先延ばしするわけにもいきませんし、結局、やるしかないのですよ」
同僚A「さっき、その発注の電話が来た時、思わず”ええッ!?”って言っちゃいましたよ」
僕「あんまり相手先に”ええッ!?”って言わない方がいいですよ。急に言わないでよって言ってるようなものですから」
同僚A「でも、誰だって急に言われたらこうなりますよね?」
僕「そんなことない人もいますよ」
同僚A「ええッ!? いるんですか、そんな人」
僕「ええ、意外と多いですよ。逆に臨時の仕事をすすんでやる人」
同僚A「それ、誰ですか?」
仕事至上主義
僕「SさんにZさん、Fさんもそうです。みな臨時だろうと通常だろうと”それ、やります!”って率先して行ってます」
同僚A「な……え? なんでそこまでするんですかね。私には理解できません」
僕「まあ、確かにこの会社には頑張り屋さんが多いですよね」
同僚A「あの、あんまりこんなこと他の人には言ったりしないんですけど、私ね、今までその感じにずーっと疑問に思ってて……」
僕「仕事至上主義的な感じですか? ”仕事が正義”みたいな感じとか」
同僚A「そうそう。”仕事できる人が偉いんだ!”みたいな風潮があるでしょ」
僕「ありますよね。いいか悪いか別として」
同僚A「……実は先月、臨時の仕事があった時に他の急ぎの仕事も抱えてたせいで発注が遅れてしまったんですよ。案の定、相手先からクレームです。その時、またG部長にこっぴどく怒られて……それで、事情を説明するんですけど聞く耳全然持ってくれないし、ただ”私に原因がある!”とばかり言われてもう頭に来て、もうこの人と話すの嫌だし、この空間も嫌!って思ってしまって……」
僕「あらら……そんなことがあったんですね」
同僚A「そうなんです。この仕事辞めようかと考えたくらいです」
僕「その後はどうなったんですか?」
同僚A「G部長が頭ごなしに言ってくるので私はダンマリしてたんです。そしたら、後日、G部長が社長も連れてきて3人で話し合いです」
僕「ほうほう」
同僚A「社長は”G部長の言ってることは分かったけど、Aさんの言い分としてはどうなのかな?”って聞かれたので、私は他に急ぎの仕事があったことを説明したんです。そしたら社長は”Aさんは仕事を一生懸命頑張ってると思う。それをちゃんとしてないふうに言われてスゴく悔しい思いをしてるんじゃないかな。だから、Aさんはクレームがないように改善できればいいと思うよ”って言われたんです」
僕「へぇ〜、いいこと言いますね、社長」
同僚A「この人こそ上司の鑑!って思いました。G部長はその後もグチグチ言ってましたけど……」
僕「まあまあ。大事にならずに良かったですね」
同僚A「大事になってたら本当に辞めてたかもしれません」
僕「僕もAさんには辞めてほしくないですよ」
同僚A「よーいちさんにそう言ってもらえると気持ちが楽になります。でも、なんでこんなことになるんですかね? どうしても出来ない時もありますよね?」
僕「それはちょっと資本主義の話にもなりますが、仕事って良いも悪いもないと思うのです」
同僚A「え……」
仕事の本分
僕「仕事の本分は利益です。商品やサービスがお客様に届くという業務が遂行されたかされないかだけです。だから、G部長は”遂行できなかった結果を遂行する結果にしろ!”——つまり、”出来ないことを出来るようになれ!”と言うわけです」
同僚A「なるほど。でも、仕事をするのは人なんだから事情があると思うんです。少しは私の事情を考慮してくれてもいいじゃないですか」
僕「Aさんの主張は言わば〈思いやり〉で、G部長の主張は〈利益〉です。これでは話は一向に平行線のままです」
同僚A「はぁ……う〜ん」
僕「なので、会社としては、利益を生むために動いてもらいたいので思いやりを持ち出さないでほしいのです」
同僚A「じゃあ、どんな事情があっても業務を遂行させれば文句ないってことですね?」
僕「極端に言えばそうなります」
同僚A「分かります。分かってはいます。でも、なんか虚しいんですよ、その考え方は。仕事さえしていれば後はどうでもいいみたいに聞こえるんですよ。私たちはロボットじゃないんだから……」
僕「そうですよね。その気持ち分かります」
同僚A「なんでロボットみたいになってまで仕事しないといけないんですか?」
僕「それは日本が資本主義社会だからです」
同僚A「資本主義ってお金儲け主義のことですよね?」
僕「いいえ、違います。資本主義は資本家が儲かる仕組みを善しとする考え方のことです」
同僚A「何それ! 最悪ですね」
僕「資本主義を簡単に説明すると、資本家(=経営者)が労働者に働いてもらう際、1日8時間労働の日給が8000円だとして、その日の売り上げが10000円だとすれば2000円が資本家の利益になるといった感じですね」
同僚A「10000-8000=2000円ですね」
僕「もっと利益を増やしたい場合、どうするか分かりますか?」
同僚A「え? ……ハイテクな機械を導入するとか?」
僕「そう思うでしょ? 実はそうではないんです。ハイテクな機械を導入した場合、利益は増えるかもしれませんがその分人件費が浮くことなりますよね。ということは、誰かが解雇されることになります。さらに、機械を動かすコストもかかるため、利益は増えても利益率は以前よりも下がってしまうのです」
同僚A「ハイテク機械は逆に儲からない?」
僕「儲かっているように見えて利益のパーセンテージは確実に下がるものなのです。だから、効率よく利益を増やすのならば、日給8000円のまんまで10時間、12時間、15時間働かせて10000円以上の利益を生み出した方が儲かるのです」
同僚A「いや〜、そうかも知れませんが、それってサービス残業ですよね」
僕「そうです」
同僚A「タダ働きなんて誰もやりたがりませんよ」
僕「普通ならそうなんですが、資本主義の落とし穴がサービス残業を正当化させるのです」
同僚A「怖っ!」
責任感・使命感
僕「さきほどAさんは”なんで仕事でこんなに苦しまないといけないんだろう”って言いましたよね? その答えは、この仕事を自分で選んだからです。自分で選んだ仕事なのにそれがうまくいかない。うまくいかない自分がダメなんだと責めてしまう。それによって自己嫌悪に陥ってしまうから起こる感情なのです」
同僚A「あっ、そうです。私、自分が嫌になってました」
僕「僕たち労働者には自由があります。それは仕事を選ぶ自由です。でも、これって本当は自由ではないんです」
同僚A「どういうことですか?」
僕「だって、職種は選んだかもしれないけど、仕事内容までは選んで決めたわけではないでしょ?」
同僚A「!?……」
僕「例えば、”こんなことまでするの?”って思った経験はないですか?」
同僚A「あ、去年、新入社員の子が1ヶ月くらい頑張ってたのに”急に辞める”って言ったんです。私が”あんなに頑張ってたのにどうして辞めちゃうの?”って聞いたら”こんなのは仕事じゃないです”って言ったんです」
僕「仕事に対する認識の違いですよね。でも、そんなふうに思っていたことと異なる仕事を与えられて、”仕事が出来ない自分は悪くない。仕事の方が悪いんだ!”と思える人は次の仕事を探せば問題は解決ですが、そうでなければ……」
同僚A「私はどちらかと言えば、自分に落ち度があるって責めちゃう方ですね」
僕「僕もです。自分のせいにする人の方が多いかもしれませんね」
同僚A「そんなに簡単に職を変えるなんて出来ませんよ」
僕「仕事を自由に選んだように見えて、実は、生活出来ないから仕事をさせられてるとも言えるし、自分で仕事を選んだという自負と与えられた仕事への責任感もあります」
同僚A「本当にそうですね。”自分で選んだ仕事だから”っていうのがあるから苦しかった気がします」
僕「だから、仕事がうまくいかないと必ず自己嫌悪に陥る仕組みになっているのです。でも、逆に仕事に責任感・使命感を持つことができれば……」
同僚A「そりゃ責任感があったらどんな仕事でもやり通しますよ。使命感もそうです。だって、与えられた仕事を完成させることが目的になりますからね」
僕「そうです。今までは決められた時間内だけの仕事でしたが、仕事を最後まで遂行するまでが仕事になる。ということは……”どんな状況だろうと、どんな条件だろうと、時間外であろうと仕事を遂行することが当たり前”になります」
同僚A「でも、それってブラックですよね?」
僕「はい。でも、責任感を持った人たちはそれをブラックだとは思わずに働いているでしょう?」
同僚A「私は働いてるって言うより働かされてるように見えますよ」
僕「要するに、個人の気持ち次第なんですね。仕事したいと言う人を止める権利は誰にもありません」
同僚A「うんうん。ブラックでもそれを本人が受け入れてるんなら何の問題もないですもんね」
僕「責任感・使命感の度合いは人それぞれですから」
同僚A「でも、そこまで仕事をする気じゃない人からしたら耐えられないと思います。苦痛でしかないですよ」
僕「そうだと思います」
同僚A「この苦しみから逃れることは出来ないんですか?」
僕「なので、そうじゃない人のために、僕にはある提案があります」
同僚A「それそれ! ぜひ教えてください」
自分の領域
僕「それは、自分の領域を認識して仕事することです」
同僚A「自分の領域?」
僕「はい。〈ここまではしてもいいけど、これ以上はしたくない〉という線引きをした時に出来る、労働に対する活動領域です。Aさんにはそんな線引きはありますか?」
同僚A「えー……そうですね。私は仕事は誰よりもキッチリしたいと思ってます。でも、残業はしたくありません。責任の重い仕事もしたくないですね」
僕「それがAさんの活動領域ですね」
同僚A「ダメですか?」
僕「いいえ、善し悪しではないんですよ。資本主義への打開策として、個人の領域の中で生きることが苦しみを生まない良い生き方なのではないかと思ったのです」
同僚A「……ちょっと、私に分かるように言ってもらえません?」
僕「えっと……方法は2つあって、1つめは自らが資本家となること」
同僚A「社長になるってことですか? そんなの普通の人には無理ですよ。それが出来ないからこうして働いてるわけですし」
僕「いえいえ、そんな規模が大きいものじゃなくて、小さな会社やお店のことです。六畳一間でもいいと思うんです。そこで、自分の出来る範囲の仕事をするという方法です」
同僚A「う〜ん。それもやっぱり無理かなぁ。私には出来そうにありません」
僕「では、2つめの方法。自分の活動領域の中で満足する。残業をしたくないのなら残業をしない。出世したくないのであれば出世しない。自分で線引きした所まで仕事をし、それ以上の仕事を一切しないという方法です」
同僚A「それって、周りが出世していったらどうしたらいいんですか? バカにされたり陰口叩かれたりしません?」
僕「されるかもしれませんね」
同僚A「それは嫌ですね〜」
僕「でも、その活動領域で満足するかしないかは、どこで線引きをするかに掛かっています」
同僚A「自分次第ってことですか……」
僕「はい、そうです。活動領域を広げれば仕事量も増え、残業も増えるでしょう。そしてそれに伴って出世もするでしょう。ですが、その反面、プライベートな時間を失い、恋人や家族との時間も減ってしまうかもしれません」
同僚A「ん……。人生を犠牲にしてまで仕事するのも考えものですね……」
僕「”人生を取るか仕事を取るか”——二者択一のようにも見えますが中間や両立の考え方もあると思います。この考え方に答えはないんです。でも、今の自分の活動領域を知っておくと少しでも働きやすくなると思います」
同僚A「……なるほど。どこまで仕事をしていいか自分で決めておくのですね」
僕「人生は長いので、歳を取れば物の見方や考え方、ライフスタイルも変わってくるでしょう」
同僚A「そうですね」
僕「仕事はしすぎるとプライベートな時間が減る。でも、働いた分だけお金は増える」
同僚A「結局はバランスですね。私も考えてみようと思います」
僕「もしも、そのバランスが資本家や会社の風潮に左右されてしまったら、今みたいに仕事に苦しめられることになるので注意してくださいね」
同僚A「活動領域のバランスを決めるのは他でもない私ってことですね」
僕「ええ。仕事は人生を豊かにするオマケのようなものですから」
⚠️これはフィクションです。実在の人物や物事は一切関係ありません。
※引用資料 NHK Eテレ(2021年12月6日放送).「100de名著 マルクス”資本論”[テレビ]
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